タイトル未定







第一話

14/01/29公開




 仏壇や位牌があるわけではないけれど、遺影に向かってお線香をあげ手を合わせる、それが美玖の毎朝の日
課だった。
(ご主人様・・・)
 美玖は半年前に亡くなった俊彦のことを想った。
 美玖の愛人であり、支配者でもあった高橋俊彦は美玖より20歳年上で54歳、二人の関係は不倫だった。
出会ったときから俊彦はサディストであり、美玖は俊彦によって調教されマゾヒストとして成長したのだっ
た。 
 その俊彦が癌で亡くなったのが半年前、二人が最後に会ってからはすでに一年近くがたっていたが、美玖の
想いに変わりはなかった。
(ご主人様・・・、たとえご主人様がなくなっても、美玖のすべてはご主人様のものです・・・)
 目を閉じて手を合わせていると、俊彦から受けた調教の数々が思い出された。それらは普通の人間なら耐え
られない苦痛や羞恥を伴うものであったが、美玖にとっては幸せな思い出だった。
 しかし最後の調教からすでに一年がたち、精神的には俊彦の奴隷であり続ける美玖でも、被虐の快楽を求め
る肉体のうずきはとめようがなかった。
 手を合わせているうちに、しだいに美玖は俊彦から受けた調教を思い出し妄想の世界へと没頭していく。合
わせていた手が自然と離れ、服の上から胸を触りだした。
(ああ・・・、ご主人様・・・)
 美玖は、いまでも奴隷のたしなみとして、仕事に行くとき以外は下着は着けていない。服の上からでもすぐ
に乳首に触れることができた。
(ああっ・・・)
 一度燃え上がると、熟れた肉体は歯止めが効かない。最初は胸を触っていた手が34歳にしては短いスカー
トを捲くり上げ股間に伸びた。

『ピンポーン』

 美玖が思い出の世界にのめり込もうとしたそのとき不意にインターホンが鳴った。
「は、はいっ」
 美玖があわてて服装を直してドアを開けると、そこにいたのは50歳を少し過ぎたくらいの少しふくよかで
優しげな、それでいて威厳がある女性だった。
「突然お邪魔してしまって失礼。私は高橋の妻です。そういえばわかってもらえるかしら?」
 落ち着いた優しい口調だったが、威厳のある態度は美玖を凍りつかせるには十分だった。




第一話

14/02/08公開




「どうぞ・・・」
 お茶を出す美玖の手は震えていた。
 すでに俊彦はなく、最後に会ってから一年がたつとはいえ、美玖の中ではまだ二人の関係は終わっていな
い。それだけに突然の正妻の訪問は気の弱い美玖にっては衝撃的な出来事だった。
 美玖はほとんど一方的にあがりこんできた来訪者をダイニングテーブルに案内するのが精一杯だった。
「はじめましてというのもなんですけど、高橋の妻の佐和子です。あなたには高橋が生前はずいぶんお世話に
なったそうで」
「・・・」
「あらら、そんなに固くならないで頂戴。べつにあなたたちの関係をとやかく問いただすために来たわけでは
ないのよ。」
「・・・」
 凍りついたような美玖の緊張をほぐすためか、佐和子の口調はゆっくりとしていて優しげであった。
「今日はまずあなたに報告に来たのよ」
「えっ?」
 美玖は顔を上げて不思議そうな顔をした。正妻の佐和子から報告されるような事が何も思いつかなかったか
らだ。
「まず、俊彦の財産ですけれど、息子の分以外はすべて私が相続を終えました。今日はそのことをあなたに報
告して、認めてもらいたかったの」
「・・・はぁ・・・」
 美玖は拍子抜けした思いだった。そんなことは当たり前である。愛人でしかない自分が何か口を挟むような
事ではない、美玖はそう思った。
「どうかしら?」
 佐和子の問いかけに美玖の返事は早かった。
「はい、もちろんです。」
「そうそれはよかったわ。では俊彦の財産はすべて私のものということを美玖さんも認めてくれたということ
ね。」
「・・・はぁ・・・」
 佐和子の言葉は少し引っかかるものがあったが、美玖は深くうなづいた。
「ところでね、先日夫の書類を整理していたらこんなものが出てきたのよ」
 美玖の返事に満足げな佐和子がそういってバッグから取り出したのは一枚の契約書だった。




第三話

14/07/06公開




 それは俊彦と美玖の間で結ばれた契約書だった。ただしその内容は賃借などの一般的なものではなく、美玖
の人格を否定し俊彦の奴隷とする奴隷契約書だった。
「フフッ、その様子だと本物に間違いないようね。」
「・・・はい・・・」
 美玖は青ざめた表情で消え入るような声で答えた。否定することもできたはずだが、美玖にとって俊彦との
奴隷契約は神聖なものであり、偽ることはできなかった。
「あなたも内容はもちろん把握しているでしょうけれど、大切なところだけちょっと読んでみましょうか。」
佐和子は威圧的にそう言うと、美玖の返事を待たずに、契約書の内容をかいつまんで読み始めた。
「家畜奴隷はすべての財産及び人間としての権利を放棄し、ご主人様に譲渡いたします。また、家畜奴隷その
ものの所有権についても、ご主人様に帰属するものとします。」
「フフフ、少し漫画チックだけどものすごい内容ね。」
「・・・」
「これによると、あなたのすべては俊彦に所有権があるというこのようね?」
「・・・はい・・・」
佐和子の質問に美玖はそう答えるしかなかった。
(たしかに私のすべてはご主人様のものだわ・・・)
 家畜奴隷は人間としてのすべての権利を放棄した存在であり、すなわち自立した人間ではない。契約書にも
ある通り、その所有権が俊彦にあるというのは美玖も認めるところだったし、それは美玖にとっての家畜奴隷
としての誇りでもあった。
「そう、あとこんなことも書いてあるわね。」
「ご主人様は家畜奴隷を第三者に貸与する権利を持つ。その場合、家畜奴隷は貸与された第三者に対しても、
この契約書の内容を履行しなければならない。また、第三者がご主人様から売却・譲渡等の手段によってこの
契約書を引き継いだ場合も、家畜奴隷は新しい権利者に対してこの契約書の内容を履行しなければならな
い。」
「・・・」
 読み上げた佐和子は満足げだったが、佐和子の真意がつかめない美玖は沈黙したままだった。
「まだわかっていないようね。なら教えてあげるわ。」
「あなたは俊彦が所有する家畜奴隷だったのよね!」
「・・・はい・・・」
「そしてこの契約書は第三者が引き継ぐことができる。」
「・・・」
「まだわからないようね。最初にも言ったけれど、私は俊彦の財産に対するすべての権利を相続したの。もち
ろんあなたに対する権利もね。」
「あっ・・・」
 美玖は思わず絶句した。




第四話

15/05/29公開




「わ、私は人間です。人間が人間を相続だなんて…おかしいです・・・」
 ようやく気を取り直した美玖が反論したのは、しばらくの沈黙の後だった。
「そうね、たしかにおかしいわね。でもあなたは人間じゃないわ。奴隷、いえ、それも普通の奴隷じゃない
わ。もっともいやしい家畜奴隷でしょう?」
「で、でも・・・」
佐和子の言葉に美玖は再び言葉を失った。動揺する美玖を佐和子は畳み掛けた。
「それともあの契約書に書かれていることは嘘というわけ?」
「・・・」
「どうなの?」
佐和子の問いに美玖は答える言葉がなかった。
固まる美玖の緊張をほぐすように、急に佐和子は表情を和らげた。
「もちろんこんな話が馬鹿げた話だということは私もよくわかっているのよ。だから、あなたがこの契約書は
ただの遊びというのならそれはそれでいいのよ。でも遊びではない、俊彦に対して嘘偽りのない気持ちで結ん
だ契約というのなら、正妻として私はあなたにこの契約書を守ってもらいたいの。」
(遊びなんかじゃない・・・)
 遊びだったといえばこの緊張から解放される、だからといって美玖には俊彦との関係を遊びだったというこ
とはできなかった。
「・・・」
「どうやら自分では決断できないようね。でもこれを見れば自分がもどるべき身分を理解できるかしら?」」
 佐和子が持っていたバッグの中から取り出して美玖に突き出したものは、美玖が俊彦と会っていた際に美玖
の首に絞められていた犬用の赤い首輪だった。