牝犬保管法 第二部







第一話

10/04/29公開




 獣臭い臭いがしみついたトラックの荷台に奈緒は乗せられていた。鉄製の丈夫な折の外側には幌がかけられ
ていて外の様子はあまりうかがうことは出来ないけれども、もうずいぶん長い時間ゆられていた。

 裁判所ですべての人権を剥奪され、一匹の牝犬であることを宣告されたあの日、奈緒は全裸のまま、再び法
子に会うことも出来ないままに裁判所が指定する一時収容施設に移動させられた。
 しかし、そこは一時収容施設といっても野犬を収容するような施設ではなく、精神科の病院の一部を改造し
たもので、全裸で運び込まれたわりには施設内では入院患者が着るようなシンプルなワンピースだったが服を
着ることも許され、食事も人間と同じものが与えられた。奈緒にとって何より楽だったのは二本足で歩くこと
が許されたことだった。
 施設の職員は皆、医療関係者のような服装であたりもやわらかく、牝犬としての身分を感じさせるようない
くつかの検査や投薬などの処置はあったものの、悲壮な覚悟を決めていた奈緒にとっては拍子抜けするような
毎日だった。

 そんな毎日が二週間ほど続きすっかりなじんでしまったとき、奈緒に次の移動が指示された。
「いやっ!」
 それまで優しかった職員たちに押さえつけられ、突然のことに戸惑う奈緒はあっという間に全裸の姿に戻さ
れた。
「ちょっと人間扱いしてやるとすぐに増長しやがる。牝犬は本当に馬鹿な生き物だよ。」
「まったくだよ。俺がちょっと優しくしてやったら、こいつその気になってたみたいだったもんな・・・」
「このあいだ牧場へ送った牝犬なんて、ちょっと優しくしたら俺に告白してきたんだぜ。まだ自分が人間の気
持ちでいるんだから嫌になっちゃうよ・・・」
(そんな・・・ひどい・・・)
 それまで優しかった職員ととても同じ人物とは思えないような悪態に奈緒は唖然とした。しかしすでに人間
ではない牝犬たちがどう思おうと、職員たちにはどうでも良いことでしかなかった。
 一度甘い夢を見させてから叩き落す、職員たちにとっては単純な牝犬教育の一環でしかなかった。
 衣服をすべて剥ぎ取られてからの扱いはまさに動物と同じだった。首輪につながれた鎖を引かれ駐車場に集
められたのは、5匹の牝犬たちだった。
(・・・)
 お互い肩を寄せ合いながらも誰も言葉を発することが出来ない、みんな不安に慄いていた。
「さあ、いよいよお前らともお別れだ。国家のためにも立派な牝犬に教育してもらって来るんだぞ!」
 職員たちに豚のようにあおられながら乗せられたのは、やや古い家畜運搬用のトラックだった。 




第ニ話

10/05/03公開




 トラックの荷台の檻の中で奈緒たち五匹は四つんばいの姿勢のまま互い違いに繋がれた。床には藁が敷かれ
ていてやわらかかったが、朝まで眠っていたやわらかいベッドから、獣臭のしみついたトラックの荷台へとあ
まりの急激な転落はまだ半人前の牝犬たちを落胆させた。檻には餌用と思われる器が二つ取り付けられていた
が今はまだ何も入っていなかった。
五匹の牝犬は狭い檻の中ですることがあるわけでもなく、ただ身体を寄せ合っていた。もちろんそれぞれに面
識があるわけではない。牝犬に堕ちた事情も異なる。奈緒のように内なるマゾヒズムから志願するものもいな
いわけではないが、やはりほとんどはやむにやまれぬ事情があってのことである。おのずと口が重くなり誰も
声を上げることもなかった。
 奈緒は幌の隙間から外の世界を見ていた。
 トラックがどこを走っているのかはまったくわからない。しかし市内を抜けて高速道路に入ったことはわか
った。
(あの牧場につれていかれるのかしら・・・)
 奈緒は自身も何匹もの牝犬を送り出した身でもある。ある程度は牝犬のたどる運命についても知識はあっ
た。
(あそこだったらいいな・・・あそこの所長さんはとても優しかったもの・・・)
 奈緒は新人研修のころを思い出した。紀子や他の同僚たちと一緒に各地の施設を回ったときに行った牧場、
トラックが向かっている先はそこに違いないと思った。
 奈緒が思いにふける中、トラックが停車した。隙間から外をのぞくとそこは高速道路のサービスエリアだっ
た。
「おい、休憩だぞ!」
 配送係の男が二人降りてきて幌を一部はずした。
「ひいっ!」
 牝犬たちはいきなり飛び込んできた明るい陽射しに驚いたが、声を上げてしまったのはむしろ、一部とはい
え幌があけられ公衆の面前に裸体をさらさなければならなくなったからだった。
「おい、あれ牝犬だぜ・・・」
「ちょっと良く見てみろよ、すごいぞ・・・」
「汚らわしいわ・・・恥ずかしくないのかしら・・・」
「いやらしそうな顔をして・・・同じ女として恥ずかしいわ!」
「あはは、連中は女じゃないよ。牝だから仕方ないって。」
 サービスエリアは若いカップルや家族連れで賑わっており、奈緒たちの姿に気付いた人たちがざわめいた。
汚らわしそうにののしって避けていくものもいれば逆に好奇の目を向けてくるものもいる。
(うぅぅ・・・)
奈緒たちは身を寄せ合って屈辱耐えるしかなかった。
「お前たちも長旅でのども渇いただろうし、腹も減っただろう。餌の時間にするからしっかり食べるんだ
ぞ。」
 奈緒は朝から何も食べていなかった。緊張のしっぱなしでのども限界まで渇いていたところだった。
「さあ、しっかりとっておくんだぞ!」
 男たちは檻に取り付けられている器にそれぞれ水と餌を充たしていった。空腹とのどの渇きに耐えかねてい
た五匹の牝犬たちは言われるまでもなく、周囲をはばかることもなくそれこそ犬か豚のように器に顔をつきこ
んでいった。




第三話 10/06/30公開




「さあ早く喰っちまえ。喰い終わったら出発だぞ。」
 男たちは面倒くさそうに牝犬たちをせかした。そのとき20代半ばくらいの牝犬が恥ずかしそうに口を開い
た。
「あ、あのぅ・・・おトイレは・・・?」
 質問をした牝犬はすでにだいぶ我慢しているのだろう。下半身をもじもじとくねらせながら肌を赤く染めて
いた。
「おい、聞いたか。おトイレだってさ!」
「ああ、まだ自分の立場ってものがわかっていないみたいだな・・・」
 男たちは顔を見合わせて笑い出した。
「おい、よく考えてみろ。ここは人間用のサービスエリアだぞ。犬用のトイレなんてあるわけもないだろう。
それにこの人ごみの中、お前らをいちいちトイレなんかに連れて行けると思うか?」
「だいたい、お前はもうその姿でトイレまで這って行く覚悟が出来ているのか?」
 男たちの嘲笑交じりの言葉にその牝犬はますます顔を赤くした。
「で、でも・・・どうすれば・・・」
「まだわからないのか!お前たちは犬なんだよ。ようするに動物なんだよ。後のことなんて考える必要ないか
らそのまま好きにしろよ。どうせ後で苦労するのは掃除をする俺らなんだから気にするなよ。」
「あはは、そういうこと。じゃあ喰い終わったみたいだしもう行くぞ。」
 男たちは吐き捨てるようにそういうと再び幌を下ろした。檻の中は一気に暗くなった。そしてエンジンがか
かりトラックは出発した。
「ああ、ごめんなさい」
 小さい悲鳴のような声が漏れた。声の主はさっきの牝犬だった。
 その牝犬の悲鳴のような言葉が終わるや否や、狭い檻の中に激しい放水音が響いた。我慢していた分だけ量
もたまっていたようだった。
「うっ・・・」
 換気の悪い狭い檻の中に尿臭が満ちて周囲の牝犬たちは不快そうに眉をしかめ、失禁をしてしまった牝犬は
恥ずかしそうにうなだれていたが悲劇はその牝犬だけにとどまるものではなかった。
 他の四人もそれなりに尿意を感じて我慢している最中だった。
しかし牝犬たちの苦難はこんな程度ではなかった。先ほど与えられた餌や水の中には利尿剤と下剤が混ぜられ
ていたのだった。
<グルルルルル・・・>
 どの牝犬ともなくお腹のなる音が檻の中に響きだした。
「ああ・・・」
「もう・・・もう、だめ・・・」
 尿意と便意、そもそもどうにもならないところに餌に薬まで混ぜられたのである。牝犬たちにいくら恥じら
いの心があってもどうにもならなかった。
「ああ・・・もう、本当に駄目・・・」
<ブリブウリブリ・・・>
 狭い檻の中に炸裂音が響いた。ついに我慢しきれなくなった一匹の牝犬が大便を漏らしてしまったのだっ
た。下痢状の大便が飛び散り異臭が立ち込めた。
「ああ・・・ごめん・・・なさい・・・」
まだ肛門から排泄をし続けながら、その牝犬は消え入るような声で失態を謝罪した。しかしその謝罪を聞いて
いるものなど誰もいなかった。皆、自分が我慢するだけでいっぱいだった。しかし一匹がついに漏らしてしま
ったことで緊張の糸が切れた。
「ああ・・・わたしも・・・もう駄目・・・」
他の牝犬たちもすぐに後に続き排泄を始めたのだった。




第四話

10/06/30




 トラックが目的地に着いたのはすでに日が暮れたて薄暗くなり始めたあとだった。
(やっと着いた・・・)
 引きずり出すように荷台から下ろされ、配送係から牧場の職員たちに引き渡された奈緒たちの体は、誰もが
糞尿にまみれて異臭を放っていた。
(ああ・・・暖かいシャワーでも浴びたい・・・)
(石鹸できれいに身体を洗いたい・・・、シャンプーで髪の毛を洗いたい・・・)
 奈緒はそう思ったが、昨日までの待遇がもうここでは与えられないことはわかっていた。それは他の牝犬た
ちも同じようで、みんな糞尿にまみれたからだから異臭を放ちつつ、暗い沈んだ瞳をして黙って係員に従って
這っていた。
 配送係があえて牝犬たちに下剤や利尿剤を摂らせたのには理由があった。あえて糞尿まみれになるという、
普通の人間ではありえない境遇に落とすことによって自分の身分を強く認識させるためだった。
 その効果は大きかった。沈鬱な表情で係員に従って進む牝犬たちに反抗心らしきものはまったく見られず、
鎖を引く係員を自分たちとは別の世界の、より上位の存在として認めていることが明らかだった。
「ようこそ、当牧場へ。職員の指導に素直に従い、一日でも早く立派な牝犬となって、それぞれの飼い主やつ
がいになる雄犬に尽くせるように頑張って欲しい。」
管理棟の前の広場に並ばされた五匹の牝犬に牧場の所長が訓示をおこなった。奈緒はうなだれた表情でその言
葉を聞いていたが、となりで這いつくばっていた30歳を少し過ぎたくらいと思われる牝犬が突然立ち上がっ
た。
「嫌よ、なにを頑張れと言うの!」
「私は牝犬になんかならない。家族のところに帰るわ。」
 立ち上がった牝犬は振り返るといま這ってきた道を逆方向に勢い良く走り出した。
「ふふふ、活きの良いのが混ざっていたようだね。」
 言い終えると所長は側にいた職員に合図を送った。
「追え!」
「はいっ」
 職員の何人かが追うと牝犬の逃亡劇はあっけなく終わった。逃げた牝犬は疲れきっているうえに靴すら履い
てなく、首に締められた首輪に重い鎖までついている。そんな状況で屈強な職員から逃げられるわけもなかっ
た。
「うぅぅ、離してよ。私が牝犬になるだなんて何かの間違いだわ・・・。私を家に帰して・・・。夫に・・・、子供に
会わせて・・・」
 職員たちによって再び引きずられてきたその牝犬はまだ人間への執着が捨てられていないようだった。所長
はその牝犬に関する資料を取り出してちらりと目を通すと冷たく言い放った。
「家に帰ると言ってもお前には帰るところなんかないじゃないか?若いホストに入れ込んだ挙句の多額な借金
を清算するために牝犬になったんだろう。元夫も子供もみんなお前にはもう愛想を尽かしているよ。その証拠
に元夫はもう他の女と再婚しているよ。子供も引き取られて幸せだそうだ。ほらここに書いてあるよ。もうあ
きらめて素直に牝犬になることだけがお前に残された道なんだ。」
「そ、そんな・・・」
 所長の言葉に元からあるはずすらない一縷の希望を打ち砕かれたその牝犬はその場に倒れこむと激しく泣き
伏せた。